シアンブルーで染め上げて
 








昼間とは打って変わって肌に染みる空気が蒼然とした夜闇に広がっているのを、枢木スザクは窓の中から見ていた。
些か乱暴な手付きで軍服の襟元を緩めながら、空いた手でかららと内と外との境界線を無くしてゆく。
そうして両の手を窓枠についたところで、目を瞑ってすぅと大きく息を吸い込んだ。
研究所内とは種類の異なる冷えた空気が肺を満たし、吐き出すと同時に重く感じた肩を解す様に軽く竦めて溜息一つ。
さぁさぁと、途切れることなく流れる水音が耳に心地いい。
そのまま涼やかな音に身を委ねていると、ぱしゃりと小さく跳ねた違和感。

(・・・あれ?)

気のせいかと目を開いてみたところで、再び乱れた音に小首を傾げる。


(何の音だろう。)

少し身を乗り出すようにして、学園内に設えられた噴水へと視線を凝らした。
月影湛え溢れ続ける水に揺蕩うように、白磁の色が浮かび上がる。

ぱしゃり。ぱしゃり。

白くしなやかな指が動く度、絡め取るように水を抄くってはさらりとその手から零れ落ちてゆく。
不意に、さわりと木々を揺らした風が彼の髪を攫った。
導かれるようにして空を見上げた彼の瞳は、紫電の光彩を放ち瞬く。


(――――やっぱり。)

ルルーシュ。と唇の形だけ動かして。
ちらりと後ろを振り返り、他に休憩に出ている者がいない事を確認する。

聴覚で、視覚で、感覚で確かめた後迷うことなく夜闇へ身を投げ出した。
ひらりと。軽やかに地面へその場を移し、音を立てぬよう細心の注意を払いながら走り出す。
 





そうして辿り着いた目的地には、夜風に当たるにしては酷く軽い出立ちのルルーシュがいた。
石造りの縁に浅く腰掛け、まるで水面に映る月を分かつかのように抄くっては落とし、掬っては零し。
ぱしゃり。と幾度目かも分からぬ水音に混ざって、じゃりっと砂の擦れる音がした。



「―――スザク。パーティーは夜じゃなくて昼だぞ?」


その綺麗な顔を向けられることなく呼ばれた名前に、え。と簡素な言葉が漏れた。


「まさか半日も時間を間違える奴がいるとは思わなかった。」


手を水に浸したまま、ルルーシュはいつものように口角を上げて笑ってこちらを見た。
彼に聞きたいことはたくさんあるけれど、寒々しく目に映る姿を放っては置けなくて。

傍まで歩み寄って細い手首を引いた。
さしたる抵抗もなく引き上げられた手の冷たさに、ひやりと心の臓まで冷えた様な感覚に見舞われた。


「・・・なっ!ルルーシュ!いったいいつからこうしていたの?!」


両手で包み込むようにして彼の右手を捕まえて、熱が速く伝わるようにと顔を近づける。
はぁっ。と真冬にそうするように息を吹きかけると、くすぐったそうにルルーシュが身を捩った。


「もう大丈夫だ。」

「どこが!」


逃げようとする手を片手で握りこみ、そっと彼の頬へと手を伸ばすと、あぁやっぱり。と溜め息が漏れた。


「・・・ルルーシュ。」


少し低い声音で彼を呼ぶと、僅かに罰が悪そうな表情を浮かべたままふいっと顔を背けてしまう。


(気位の高い猫みたいだ。)
もしそれを口に出してしまったら毛を逆立てた猫のように反発するか、するりと逃げ去ってしまうに決まっているから、そっと心の中だけに留め置いておくけれど。

とりあえず今は逃げるつもりはなさそうなので、掴んでいた手を離してルルーシュの隣に腰掛ける。
そのとき彼の視線が外れているのをいいことに、さっと着ていた軍服を彼の肩へ。


「おい。」

「僕はルルーシュよりは丈夫に出来てると思うんだけど?」


間髪入れずににこりと笑ってそう告げると、諦めたのか大人しくそれを肩へと掛け直した。


「で、ここで何をしてたの?」

「別に。ただの散歩だ。」

「こんな時間に、こんな場所を?」


言外に非難を含ませてはみても、自分より一枚も二枚も上手なルルーシュには通じない。


「俺の部屋は学園の中にあるんだし、別段不思議でもなんでもないだろ。」


涼やかな顔でさらりと。反省の色は見られない。


「でも、やっぱり夜遅くに出歩くのは危ない。」


ナナリーが心配するだろ。と彼にとって最強の切り札を織り交ぜ反撃するも、続く彼の言葉に見事にカウンターを喰らってしまった。


「学園のセキュリティーはしっかりしているし、むしろ外に散歩に出るより数段安全だ。それに」







今日誕生日だろ、スザク。』
 







覗き込むようにした紫の瞳に見つめられて。
そういえば、昔も。一度だけ共に過ごした誕生日も、確かこうやって。
 









(「・・・おい、お前。何やってるんだこんなところで。」


 神社近くに朝から現れたルルーシュを見て、俺は明らかに怪訝そうな顔をした。
 いや、怪訝というより 怒り と言い表したほうが的確かもしれない。

 こんな他の人間もたくさん通るところで何をやってるんだ。

 お前、自分が向けられている視線を知っているだろ。

 そう、怒鳴ろうかと思った。


 「僕だって、別に好き好んでこんなところに立っている訳じゃない。でも」


 ルルーシュは、小さく俯いて言葉を切った。

 でも。何だ。何なんだ。さっさと言えよ。
 イライラしながら待っていた自分にぽそりと続けられた言葉は、そう―――。)
 










「・・・・・・もしかして、僕を、待ってたの?」

「お前が通るかもしれないと思いはしたが、別にそれが目的でここに居たわけじゃないさ。」


「勘違いするなよ。」といつも取り澄ましたように微笑う彼にしては珍しく、悪戯をした子供のように笑って。



 
「誕生日おめでとう。スザク」


「―――――――――っ。ありがとう。ルルーシュ」



ルルーシュの柔らかな黒髪に絡めるように頭に手を回して。




こつりと子供のように額を合わせると、月明かりを受けたアメジストがシアンブルーに輝いた。
























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(このまま毒されてしまっても、後悔はしないのかもしれない。)

 
cyan:@澄んだ青緑色。(本当の色は
コレ
    A(CN)2 燃やすと紫色の炎を上げる。毒性がある。

07/07/10