耽溺カタルシス




スザクはルルーシュのことが好きだった。
どこが。とか、なんで。とか改めて聞かれると答えに困ってしまうが、とにかく彼はルルーシュのことが好きだった。
 

いつから好きだったのかはわからない。
気付いたときにはもう当たり前のように心の中に存在していた感情だった。
彼が笑えば自分も笑うし、彼が悲しめば自分も悲しかった。
もしかするとナナリーのことも、彼が大切に思っているから自分もと思い始めたのかもしれない。
そのくらい彼の存在はスザクの中で大きく、またとても自然なものとしてそこに在った。
 

彼に会うまで生きてきた世界は、スザクにとって最早過ぎ去った過去のものでしかなかった。
ルルーシュ。脆く儚く、けれども強かで気高い小さな一人の人間がスザクの世界の全てを塗り替えていった。
ゆっくりと。その流れがあまりに自然で自身すら気が付かない程のスピードで、スザクの世界は色を変えた。
弱いものは守らなきゃ。その思いが変わることはなかったけれど、ただ力で圧倒すればいいだけではないのだと気が付いた。
ナナリーは弱いもの。守られるもの。ルルーシュはそれを守るもの。けれど、ルルーシュは決して強くはない。

ルルーシュはナナリーを確かに守っていた。
身の回りの世話をし、敵から庇って、大切に大切に慈しむように守っていた。
身体だけでなく心も傷つかぬよう、薄絹で包み込むような柔らかさでもって彼女に触れていた。
 

こころ。目に見えないもの。だけど、傷つけばとても痛いもの。
それを守るのに必要なのは力じゃないんだ。
ナナリーとルルーシュに出会って初めてスザクはそれを知った。
 

彼ら二人はスザクにとってとても綺麗な兄妹だった。
姿形もとても綺麗なものに映っていたが、それにもまして纏う空気が綺麗だった。
ナナリーが笑うとルルーシュが微笑んで、薄紅色の蕾が綻ぶようにきらきらしたものが香り発つ。
それを見るのがスザクはとても好きだったし、何よりルルーシュの笑顔が嬉しかった。
嬉しいと思える自分がいることも嬉しかった。
こんなに暖かな気持ちで胸が一杯になることなんて、それまでにはなかったから。

出来ることならずっと傍で感じていたかった。
こんなにも綺麗で優しいものを手放したくなんて無かった。
ましてやそれが誰かに奪われ傷つけられることなんて考えたくもない。

奪うものは許せなかった。汚すものも許せなかった。

ルルーシュがナナリーを、僕の綺麗な世界を守るというのなら、僕がルルーシュを。
奪われる前に、汚される前に、自分自身が汚れてでも。
 

それほどまでに彼らは、否、ルルーシュはスザクにとって世界の全てだった。
ただひたむきに守ってきた。
遠く離れ、あのきらめきを近くで感じることが出来なくても、どこかに確かにあってくれさえすればスザクの世界はその形を留めていたられたのだ。
 
 

数年後、再び出会った彼らは変わらず綺麗なままで微笑んでいた。
失われていなかったことが嬉しくて、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
これでまた僕は笑える。
微笑むルルーシュの隣で、僕の綺麗な世界を守ってゆける。
 

そんな満たされた僕の世界に土足で踏み込む侵入者が現れた。
黒い風を身に纏った侵入者は、やがて侵略者へとその姿を変え僕の世界を壊し始めた。
ダメだ。止めろ。汚れることも、穢れることもあってはならないんだ。
 

僕は戦った。守った。ただ力だけではダメだと学んでいたから、正しい枠組みの中で戦った。
そうすることで、赤く染まることを防いでいたのかもしれない。
だってきっとあの白い世界に赤い色は似合わない。
錆びた鉄の臭いなんかじゃなくって、咲き誇る大輪の薔薇のように芳しい匂いで包まれているべきなんだ。
 

けれどこれは僕自身のエゴでしかなく、独り善がりで身勝手なただの我儘だ。
スザク自身そう分かってはいたけれど、だからといってそれを止めるつもりは微塵も無かった。
他にやりたいことも為すべきこともスザクにはなかったし、そんなものは必要なかった。

ルルーシュが、取り巻く世界が、綺麗なままでありさえすれば他のものはどうでもよかった。
 

だから、気付いていても剣を駆った。
向かってくるのが誰であれ、ただひらすら守る為に。
汚されないように、奪われないように、壊れることのないように。
 

壊れることを望んだのが世界自身であったとしても、スザクは変わらぬひたむきさで世界を守った。
汚れることを、壊れることを、許さぬように。

彼の世界は、ルルーシュは、綺麗で優しくて温かかった。
 

全てだった。絶対だった。
 
その世界が変わることなんて有りはしないのだと、スザクはそう信じていた。
 
 



もし、もし自ら世界が壊れ行くのだとしたら―――――。




(僕も一緒に壊れるよ。微笑みの欠片をこの手に抱いて、決して逃がさぬように閉じ込めて。)
 
 




僕は今日も学校へ行く。
制服に着替えて、鞄を持って、駆けるように門をくぐって。
そうしてクラブハウスを出たルルーシュを捕まえて、こう言うんだ。
 

「おはよう、ルルーシュ。」
 
 


微笑む世界は変わらず綺麗だ。
 
(世界の全てに彼がいた。世界の全ては彼だった。)
















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(好きだ。好きだ。好きだ。)(全てで、絶対で、代わりのない)


2007 09 16