その存在がイレギュラー。









「ルルーシュ」


流れた年月の分だけ幾分か低くなった声で、けれどあの頃と寸分も変わらぬリズムで名を呼ばれた。

なんだ。と、ちらりと投げかけた視線で示すが、相手は再び「ルルーシュ」と繰り返す。


(わかっているだろう。俺がちゃんと話を聞いていることぐらい。)


諦めたように溜息を落としながら、ぱたりと両手で本を閉じる。

なんだ。と本を机に置きながら今度は声に出して問いかけるが、それにも再び「ルルーシュ」という呼びかけで返された。


「だから、なんだ。」


少しばかりいらいらとした調子で、足元にしゃがみ込むスザクへと視線を移す。

幼き日の面影を色濃く残した造形に拍車が掛かって見えるのは、情けなく下げられた眉が子供っぽさを醸し出しているからだろうか。


それとも、大きな翠の瞳が、少しばかり潤んでいることが原因だろうか。



(両方、だな。)

そう結論付けて、きょろりと部屋の中を見回す。

先ほどまでスザクが必死になって追いかけていた姿がこの生徒会室から消えている。

ということは、どうやらまたアーサーに振られたらしい。



「いつもいつも手酷くやられているくせに、懲りない奴だな。」



むぅ。とも、うぅ。とも判別の付かぬ呻き声を残し、スザクはがくりと頭を垂れた。



「僕は好き、なん、だけど、なぁ・・・」



力なく発せられる声に合わせて、柔らかなくせっ毛がふわふわと揺れる。

頬杖をついたままの姿勢で何の気なしにそれを眺めていたら(ナナリーの髪に似ているな)、

「ルルーシュ?」と顔を上げたスザクの拗ねたような瞳と目が合った。



「自分が好きだからって、相手もそうだとは限らないだろう。」



何てことは無い。だって、それが事実で、それが現実なのだから。

言外にそう言っているのが伝わったのか、スザクは少し傷ついたような顔をした。



「そんなの僕だって、分かっているけど。でも、やっぱり」



翠の瞳を更に潤ませ、二つに折った膝に顔を埋めながら(零れるんじゃないかと思った)、寂しい。とくぐもった声で呟いた。



(猫一匹にここまで翻弄される奴は初めて見た。)

その猫一匹に学園中を奔走させられた自分のことは棚に上げ、

呆れると同時に再び伏せられてしまった瞳から涙が零れ落ちてはいやしないかと少しばかり心配になった。



「気にするな。たかが猫じゃないか。」



自分ではちゃんと慰めたつもりだったが、どうやらこの言葉はあまり意味を成さなかったらしい。

(頬杖をついたまま言ったのが悪かったのか。)

でも。と、ぎゅっと足を抱えなおし、顔を上げる気配すらみせない。



(さて、どうしたものか。)

珍しく本気で落ち込んでいる風情の幼馴染に、どう言葉をかけるべきか考えあぐねていた。

考えて答が出るものだとも、些か思えはしなかったが。

(だって、相手は猫だぞ?誰か好きな相手に嫌われたわけでもあるまいし。)



こう考えると、ここまで真剣に悩んでやるのが何だか馬鹿馬鹿しいことのように思えてきた。

(自分でも薄情だと思わないでもないが。)

それでも放っておくことだけは出来ないのは、いったいどういった訳か。



(ルルちゃんったら、ほんっとスザク君には甘いんだからぁ!)

にこやかな笑顔の会長の弾んだ声音が頭を過ぎり、振り払いついでに頬杖を解いてスザクの頭を撫ぜてやる。

ぽんぽんと半ば投げやりな仕種のそれは、特に何の感慨もなく取った行動ではあったが、スザクはほっと、小さく息を吐いた。



「ねぇ、ルルーシュ。」



顔を上げることはしなかったが、その声が揺れていなかったことに安堵して、そのまま頭を撫ぜ続けた。



「なんだ?」



見た目どおり柔らかな髪をくるくると、人差し指で巻き取ってゆく。



「僕は、ルルーシュのこと、好きだよ。」



正直、意味が分からなかった。



だから素直に「はぁ?」と声をあげると、

「その反応は酷いな、ルルーシュ」と伏せたままでも表情が読めるような声音で抗議された。

ぴくりと揺れた肩にマズイと思いはしたが、スザクの真意が掴めないままでは返す言葉も無い。

スザクがルルーシュのことを好きで、それがどうしたというのだ。(嬉しいと思いはするけれど。)

いったい今までの流れのどこをどうすれば、そう繋がるのだろう。

(アーサーに振られて、それが寂しくて。それで。それで?)

寂しいと、そう呟いた。だから慰めてやった。

ここまでの流れに不自然なところはどこにもなく、それどころかとても自然にみえる。

(不自然といえば、猫に振られたことぐらいでここまで落ち込んでいるこの状況くらいか。)



とりあえずそこまで思考を廻らせたところで、遊ばせたままにしていた手がぱしりと取られる。

なんだ?と不審そうに声を掛けると(この問いは今日いったい何度目になるのだろう)、繋ぐように手を握られた。

そのままやわらかく指を絡めてくる。

本当に、今日のこいつの行動はいったい何なのだろう。(いつも以上に分からない。)



「ルルーシュは、アーサーみたいに逃げないんだね。」

「当たり前だろう。」

「そっか。」



もう一度、そっか。と自分の中で何かを確かめるかのように呟いて。

やっと顔を上げたかと思ったら、そのままいきなり立ち上がって、一言。



「さて、行こうかルルーシュ。」



まったくもって、どうして「さて、」なのかわからない。



「待て。待て、スザク。さっきからお前はいったい何だというんだ。」




説明ぐらいしたっていいだろう。と、いうよりそれが当然だろう!おい、ちょっと。人の話を聞けスザク!!




繋いだ手はそのままに強引に歩き出した僕の後ろで、ルルーシュが矢継ぎ早に言葉を繰り出しているけれど、

それはあえて聞かなかったことにした。

(ちょっとした意趣返しだよ、ルルーシュ。)

さっきはホントに傷ついたんだから。



でも、行き先ぐらいは教えてあげようと思ってくるりと後ろを振り返ると、紫電の瞳が射抜くように自分を見据えていた。

怒っているのはわかっているけれど、それでもそれはとても綺麗なものだとスザクには思えた。

(以前素直にそう伝えると、そんなことを言っている状況かこの馬鹿!と怒鳴られた。)



「もちろん、アーサーを探しにだよ。」



嫌われたままじゃ嫌だからね。と笑って駆け出した僕に引きずられるような形でついて来たルルーシュは、

一瞬絶句した後、それじゃ答えになってないとか、生徒会室で待っていた方が得策だとか、

僕よりほんの少しだけ高い位置にある口を尖らせながら怒鳴っていたけれど(実はちょっと悔しい)、

何を言っても無駄だと悟ったのか、盛大に溜息を吐いて繋いでいない方の手で顔を覆った。



「・・・・・・なら、まず裏庭に行け。そこのベンチでよく寝ている。」



こっちだと手を引くルルーシュに従って右に折れながら、繋いだ手にそっと視線を落とした。



(僕も少しは君に好かれてるって、思ってもいいのかな。)



目敏いルルーシュはすぐに視線に気が付いて怪訝そうに眉を寄せたけど、

僕が笑顔で急がなくっちゃ!と速度を上げると、慌てたように足を速めた。








(「自分が好きだからって、相手もそうだとは限らないだろう。」)



(だってそれは、僕と君との間にだって言えることじゃないか。)







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(君は猫に似ているから、余計に不安になるんだ。)

2007.04.21