箱庭の城でお茶会を。



















「では、これで全てのお荷物はお揃いでしょうか?」

「ああ。問題なさそうだ。ご苦労。」

 

ルルーシュがひらりと軽く手を振ってやると、護衛達は軽く一礼をして去っていった。

学園にほど近いこの屋敷には今はルルーシュしかいない。

白を基調に仕立てられたこの豪華な屋敷で、ルルーシュはこれから新しい生活を始めることとなる。

本国の宮殿に比べると遥かに小さい、けれど学生が一人で暮らしてゆくには有り余るほどの広さを持っていた。

綺麗に手入れされた庭では薔薇の蕾がちらほらと色を付け始めている。

もうあとひと月もすれば見頃だろう。

そのころにはユーフェミアをお茶に呼んでやるのもいいな。

すでにメイドや護衛によって整えきられたリビングで、ルルーシュは静かにお茶の準備を始めた。

 

 

 

夕刻になって鳴らされたチャイムにはメイドである咲世子が対応した。

彼女にはこれからこの屋敷での生活をサポートしてもらうこととなる。

それはルルーシュがこの生活を獲得するに当たって、リ・ブリタニア姉妹から出された条件の一つでもあった。

本当は住み込みでもっと多くの者を宛がいたかった姉妹であるが、

そこはルルーシュ自らが巧みな家事力の数々を彼らに披露、もとい見せ付けることで解決した。

掃除。洗濯。料理。裁縫。

そのどれを取って見せても、ルルーシュは文句のつけようがないほど完璧にこなして見せたのだった。

 

そしてその結果唯一の通いメイドとなった咲世子に連れられてきた来訪者に、ルルーシュは眉を顰めて席を立った。

 

「あぁ、姉上、総督自らがこのようなところに・・・。」

「何を言うか。我が弟の家ではないか。」

 

騎士を引き連れ現れたコーネリアが、くしゃりとルルーシュの頭を撫でた。

気恥ずかしさからすぐに逃げてしまったルルーシュだが、その照れ隠しの動作すらコーネリアにとっては愛おしい。

 

「問題はないか?」

「ええ。いたって快適です。」

「まぁ!ルルーシュ。私達がいないのに快適だなんて。」

 

むくれた風なユーフェミアが遅れて部屋に入ってきた。

 

「あぁ、ごめんユフィ。そんなつもりで言った訳じゃないんだ。」

「本当にそう思ってるんですか?」

 

じとっと恨みがましく向けられた視線に堪らずルルーシュは噴き出した。

 

「もうっ!」

 

風船のようなユーフェミアの頬を見て、コーネリアどころかギルフォードからも笑いが漏れた。

 

「あー!なんですかみんなして!」

 

ぷんぷんとそっぽを向いてみせるユーフェミアに、微笑みの色は一層深くなる。

そんなところで、こほん。と一つ咳払いをしてみせたコーネリアが、ところで。と話題を変えた。

 

「ルルーシュ。約束は覚えておろうな?」

「えぇ、残念ながら。」

 

一人暮らしをする。

いくらルルーシュが理由の数々を並び立てたところで、そんなこと仮にもブリタニアの皇子であるルルーシュにまかり通るわけがない。

護衛。メイド。料理人。庭師。執事。医師。

ざっと思いつくだけでも数種類、そして数十人の人間が皇子である彼の日常を支えている。

そのすべてを拒絶し、ただ一人で暮らしてゆくことなど彼に許されるはずがなかった。

 

そう、本来なら許されるはずがないし、許すべきことでもないのだ。

なぜなら彼は、このブリタニアという大国の一端を背負い、総督補佐という職務に就いている。

いくらそれが些細なものと言ったとて、それでも彼がブリタニアの皇子であることに変わりはないし、

それに伴い危険は火の粉の様に彼に降りかかる。

 

そのすべてを彼一人で防ぐことは不可能に近いし、もちろんルルーシュも出来るなどとは思っていない。

だから正直、彼にもこの提案がどこまで認められるものかわからなかった。

ある程度の妥協は必要だろうと当初から予測は立てていた。

 

だがそんな彼に対し、リ・ブリタニア姉妹が出してきた妥協案はルルーシュにとって意外としか言いようのないものだった。

 

たった一人、護衛を屋敷に住まわせること。

 

それが姉妹の出した苦肉の妥協案であった。

最初はそれすら渋ったルルーシュであるが、可愛い妹に泣いてお願いされてはさすがの彼も折れるしかない。

 

「この敷地内であれば住まわせる場所はお前が決めて構わん。」

 

ではトイレの裏の塀の下に穴でも掘って住んでもらいましょう。

微笑みの下に押し込めたルルーシュの思考は、呼ばれ現れた軍人の登場によって綺麗さっぱり消し飛んでしまった。

 

「紹介しますね、ルルーシュ。彼が今日から貴方の新しい護衛役です。」

「本日付で殿下の護衛役を賜りました、くるるぎ 「スザク!!」」

 

決めの挨拶は最後まで言わせてはもらえなかった。ひどいな。せっかく考えてきたのに。

 

「どうしてお前が!」

「君ならもうわかっているんじゃないか、ルルーシュ。」

 

言って、しまった。と顔を歪めた。

ルルーシュはブリタニアの皇子なのだ。

このような軽口、自分が叩いていい立場ではない。

 

スザクの動きを察したコーネリアが、構わん。の一言で彼の謝罪を制する。

 

「あとは任せたぞ、枢木少佐。」

「イエス、ユアハイネス。」

 

 

またすぐに来ますからね、ルルーシュ。と、ぎゅっとルルーシュの手を握ったユーフェミアが、コーネリアに促されるようにして去っていった。

口では、早く帰れ。と言っていたルルーシュも、今ではじっと彼女らの後姿を見送っている。

 

「・・・・・・愛されてるなぁ、ルルーシュ。」

 

(でも、僕だって。)

 

振り返ったルルーシュと目が合った。

 

「ん?何か言ったか?」

「いや、何も。」

 

僕の呟きは彼には届いていなかった。

でも、それでいいと思った。

(今はまだ何も言えないけど。でも。)

 

僕がドアを閉める背後で、咲世子がキッチンへと消えていった。

もうすっかり日も落ちた。そろそろ夕食の時間だ。

 

向き直った僕にさぁ。と声をかけたルルーシュは、それはそれは優雅な微笑を僕へと向けた。

 

「とりあえずこの状況を今までの経緯を交えて詳しく説明してもらおうか。護衛役殿。」

 

絵画のように微笑む彼は、一瞬にして僕の心を警戒態勢へと移行させる。

 

「自分は総督直々に殿下の護衛としてここに住まうように命じられました。」

 

それが全てです。ときぱりと言ってみせる。

一瞬でも怯んでしまえば、自分はこの聡い彼の追撃には耐えられない。

もちろん自分に命ぜられた役割はただの護衛だけではない。

でもそんなこと、当事者の彼に知らせる必要はないし、知らせられるわけがない。

 

「殿下はまだこのエリア11に来られて日も浅く、新しい生活に慣れるのにもう少し時間も必要。

いろいろとまだ不慣れなこともあるでしょうし、そんなお疲れの中新たに護衛をつけるとなると、誰か見知ったものの方がいい。

総督はそうお考えになられたようです。幸い自分は、総督とも殿下とも面識がありましたし。」

 

適任だったのではないかと。と付け加えた僕を、ルルーシュはじとりと見つめてきた。

 

(あ、全然信じてないな。)

疑り深い。

こんなときにだけ素直に感情が漏れるところが相変わらずだ。

 

まず、とルルーシュはいらいらしたように言葉を切った。

 

「その話し方は止めろと何度も言ったはずだ。」

「ですが」

 

ぎろりと睨みつける彼の視線に、反射的に言葉が漏れた。

 

「ごめん。」

「謝るくらいならいい加減覚えろ。二人きりのときは畏まる必要は無い。」

うん、ごめん。と謝る僕を、で?とルルーシュが促した。

 

「お二人ともご存知なんだよ。君がしょっちゅう特派に来てるって。」

「ああ。まぁばれているとは思っていたが。」

「ばれていると思ってたって・・・」

 

ルルーシュはスザクの所属する特別派遣嚮導開発技術部の研究所によく足を運んでいた。

気まぐれに護衛を撒きふらりと現れる彼は、スザクには理解不能な会話をロイドと繰り広げ、セシルの煎れたお茶を飲み、

ランスロットの始動実験を見学したりとそれはもう特派に(といっても、変わり者二人組みにだが)馴染んでいた。

あまつさえ先日はロイドと共に何やら複雑怪奇なプログラミングに取り組んでいた。

そんなルルーシュの姿に、総督補佐から研究者に転身したのかとスザクは本気で頭を悩ませた。

これがまた現在進行形で続行中なのだから始末が悪い。

 

「護衛を撒いてるってことがばれても問題ないのか?」

「撒かれるような護衛が悪い。」

 

さらりと言ってのける彼に、スザクは思わず言葉に詰まった。

これからの苦労が偲ばれる。

 

「総督も同じ様なことをおっしゃっていたよ。」

「さすが我らが姉上。よくわかっていらっしゃる。」

 

当然。と言わんばかりのルルーシュに、同じ護衛となったスザクは彼らに同情を禁じえない。

 

「だから僕が適任なんだよ。」

「お前なら俺が撒けないとでも?」

 

秀麗な顔に不満の色を刻んだルルーシュが、まあ体力的にはそうだろうな。と苦々しげに言った。

「お前の身体能力が軍内部でもずば抜けているのは知っている。」

「いや、そうじゃなくって。」

 

まぁ確かに、それも理由の一因ではあるんだろうけれど。

 

「僕なら撒く必要がないからじゃないかな。」

「必要がない、とは?」

「僕に会うために護衛から逃げるんだから、いっそ僕をその護衛にしてしまえばいいじゃないか、と。」

 

そうしてしまえば、護衛を撒く必要はないだろう?

 

一瞬、ルルーシュは呆気に取られたようだった。

そんな彼に、そう君の妹君がおっしゃっていたよ。と苦笑気味に付け加える。

 

「・・・僕に会うためって、本当?」

 

そうだったら嬉しいんだけど。と続ける僕の言葉を、この馬鹿が!といつもの怒声が遮った。

 

「ただの視察に決まっているだろう!馬鹿も休み休み言え!」

 

誤解も甚だしい。と憤る彼の耳が赤く染まっているのはそっと胸のうちにしまっておいた。

ここで迂闊に口を開いて、就任初日に護衛対象に逃げられたとあっては洒落にもならない。

 

「改めて、今日からよろしく。ルルーシュ」

「ああ。」

 

差し出された手を握り返した。

 

「僕のことは撒かないでくれると嬉しいんだけど。」

「壁を走りながら垂直に駆ける奴をどう撒けというんだ。生憎だが俺は人間だ。」

「ひどいな。それじゃまるで僕が人間じゃないみたいだ。」

「お前の体力は最早人知を超えている。」

 

彼がいったい僕をどう思っているのかちょっとわかった気がした。

とんでもない認識だ。

 

「ねぇ、ルルーシュ。君はいったい」

 

僕を何だと思っているんだ。と続けかけた言葉は咲世子の登場により飲み込まれた。

 

「ルルーシュ様。お食事の支度が整いました。枢木少佐はいかがなさいますか?」

「あぁ、もちろん一緒に並べてくれ。」

「そう言われると思いまして、既にご用意してあります。」

 

ほぉ。とルルーシュが感嘆の声をあげた。

どうやら彼女の機敏さは、この皇子様のお気に召したようだった。

 

「ありがとうございます。ですが、自分はただの護衛ですから。」

 

ご一緒に頂くわけには。と丁重に断りをいれる。

ルルーシュは皇子で、僕は護衛。

その立ち位置の違いを忘れるわけにはいかない。


そんな僕に対し、微笑んだ彼はたった一言こう言った。

 

「逃げるぞ。」

「・・・・・・・・・いただきます。」

 

選択の余地はなかった。

 

「それでは早速いただくとしようか。スザク」

 

満足気なルルーシュが咲世子に続き歩き始めた。

 








これから僕らの新しい生活が始まる。

 

 














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(君の後ろを歩いてゆける。)


2008.10.25