舞う、羽、未来、嘘。








「スザクは、あの、その・・・・・・・・・。」


酷く言い辛そうに言葉を切った後、彼女は周囲へと視線を彷徨わせ桃色の髪をちらちらと揺らした。


「何ですか?」


辺りには誰も居ません。安心させるようにやわらかく告げた自分の言葉が届いて尚、

両の指を胸の前で絡ませながら彼女は言いよどむ。

不安げなその瞳は、他の人間を気にしてのものなのか。それとも、口に出すのが憚られるような事なのか。


(聞くべきか。聞かざるべきか。)

立場の関係上、どこまで突っ込んでいいものやらその領域を測りかね、ただ黙って逡巡する主の傍に控えることにする。

長い睫毛に縁取られた藍色の瞳が僅かに伏せられ、それに合わせるようにして桃色の髪がふわりと空気を孕む。


(この二つの色を合わせたら、ルルーシュの瞳の色になるんじゃないかな。)

ルルーシュ、元気かな。ちゃんと学校に行ってるんだろうな。サボったりしてなければいいけど。


頬杖を着いてツンとした表情で窓の外を眺める彼の姿が浮かんだ辺りで、ふるりと頭を振るい思考を追い払った。


(いけない。今は仕事中だ。)

先刻より深く伏せられてしまったその表情から、主の思考を読む事は難しい。


(どうしよう。何か声を掛けた方が。)

空気が読めない。日頃からそう学友達に評される自分であるが、流石に今の状況は居心地の悪いものがある。


(よし。)



「あの、」「ルルーシュ、を」


期せずして重なった言葉。向けられた真摯な瞳。

一瞬言葉を切った後、自分の驚きを知らぬ彼女は、意を決したようにそのまま言葉を続けた。



「・・・・・・・・・ルルーシュ、を。知って、います、か?」



ルルーシュ。呟くように反芻した自分の言葉を受け、ぴくりと小さく彼女の肩が揺れた。


(・・・知っているも、何も。)


彼は昔日本国首相であった父の元に預けられ、僅かの間とはいえ自分と共に幼少時代を過ごしている。

そしてそのことは公式記録として残っている為、もちろん彼女も知っているのだろう。


知っていて、尚自分に問うているのだ。


ルルーシュを、知っているのかと。



(どうして今になって。)

突然こんなことを聞くのだろう。自分に彼について問いたいのなら、いつでも出来たはずなのに。

何故よりにもよって、特区日本の設立を明日に控えた、この日に。


(いや、そんなことよりも)

表向きには鬼籍の人となっているルルーシュだが、彼は今も生きている。

アッシュフォードの保護の下、同じ学園に通う学友だ。

今でこそナナリーと二人平穏な暮らしを送っているが、もしそのことが外に露見すれば

その日常はいともたやすく壊れてしまうものなのだとスザクは知っていた。(さらりと、音を立てることもなく)



だから、ただ一言。



「知っています。」



そう答えた。自分の主であり、ルルーシュの妹でもある彼女に。(誰であろうと、もうあの日常を壊させたくはない。)



「そう、ですか。」


ほっと息を吐くように小さく答え、そして淡く微笑んだ。


「私ね、昔よくルルーシュと遊んだんです。もちろん、ナナリーも一緒に。」


口元に手を当てころころと、花のように彼女は笑った。

楽しかった。そう微笑む彼女を見ていると、強張った空気が解きほぐされてゆくのが分かった。

ブリタニアに、父に捨てられたとルルーシュは言っていたが、彼にも遊び相手と言えるような人がいたのだと、

そう分かった事でどこか安心している自分がいた。(王の血筋が彼に与えたものが、決して絶望だけではなかったのだと知って。)


「自分もよく、彼らとは森の中で遊びました。」


ルルーシュは、あ、いえ、皇子は時々、木の根に足を取られて躓いていましたけど。と続けると、「まぁ。」と言って彼女は笑った。



(ユフィになら、いつか話せる時が来るのかもしれない。)


ルルーシュとナナリーは生きてるんだ。って。


(でも、)


今はまだ、その時じゃないから。(彼らにとって)(そしてこれから新たな責を担う、主にとっても)





だから。





「彼らのことは、本当に・・・・・・。」









優しい嘘で、みんなを守ろう。







あのね、スザク。

私本当はね、ルルーシュに会ったの。ナナリーにも会ったの。

二人が生きていてくれたことが嬉しくて、私思わず泣いちゃった。

そしたらね、二人が「ユフィ」って、「ユフィお姉様」って心配してくれたの。

名前を呼んでくれたの。昔みたいに。

ナナリーが手を握ってくれて、ルルーシュもほんの少しだけれど頭を撫ぜてくれて。

そのことが嬉しくて仕方がなくって、また泣いちゃった。

相変わらず泣き虫なんだな。って言うルルーシュの声に、

お姉様は優しい人ですから。って微笑うナナリーの声が聞こえてきて。

嬉しくて懐かしくて切なくて、胸が一杯になって。

ぼろぼろぼろぼろ、涙が止まらなかった。





「スザク。」


「はい。」


開式の時が近づく中、ステージのざわめきは控えとしてあてがわれたこの一室にも伝わってくる。


「昨日の話、ですけど。」


ルルーシュの。と言外に伝わってはきたが、周囲の目を気にして互いに言葉には出さないでおく。

続く彼女の言葉を待って、視線を合わせた。

唇に指を当て、う〜ん。と何やら考え込んでいるその所作は、これから大舞台に立つ人だとは思えないくらいに幼くて、

思わず小さな笑みが漏れた。


「・・・・・・・・・やっぱり、後にしますね。」 
(本当は学校でルルーシュとナナリーに会ったんでしょう?)


くすりと、悪戯をした子供のように笑って、えいっ。と掛け声を上げながら立ち上がる。

そろそろ時間だ。



「頑張ってください。」



ここから始まる、一歩。

その一歩は日本人に、スザクに、そしてルルーシュやナナリーにとっても、明るい未来を運んでくるはずだ。



(特区、日本。)



(「そこでなら、みんな笑って暮らせる。そんな世界を築きたいの。」)(もう一度、手を取り合って。)



「行って来ます。」



そう彼女は笑って、光の中へと足を踏み出していった。(白い光が、まるで翼のようだった。)













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(優しい嘘で包まれたのは誰。)(玉響の翼は空へと返っていった。)


2007.06.04