物語はいつも突然に。



あれが日本か。とルルーシュは、特にこれといった感慨も抱かずに目に映る景色を享受していた。


日本。エリア11。

そこはこれから自分が統治の手助けをしに向かう地だ。


(総督補佐だなんて、また随分と体のいい立場だな。)


エリア内を統括する総督の補佐といえば聞こえはいいが、軍や政治を動かすために大きな権限が与えられているわけではなく

その点においてのみ言及すれば、実質副総督より下位の立場に当たる。

そもそもエリア11に拠点をおいている総督・副総督とは違って、自分は本国から総督の補佐のために「派遣されている」だけなのだから、

立場を比べること自体お門違いというものであろう。

けれど、実際何の権限もないわけでなくて、事態によっては「本国」に本籍があることを盾に、

「エリア11」を本籍としている彼らの意思をも無視した行動を取ることが可能となる。

もっとも、そんな事態が起こり得るとは到底考えにくいが。


(まぁいい。これも母上とナナリーが穏やかに暮らせる世界を作るための下準備だと思えば。)


そっと閉じた瞼に蘇るのは、最愛の母と妹の微笑みで。

今は以前のように顕著な悪意を向けてくる者はいないのだといっても、心配であることに変わりはない。


やはり、自分が傍を離れるべきではなかったのではないか。

そう思う反面、けれど。ともう一人の自分が声を上げる。

自分が帝国内で確固たる権力を手に入れれば、自分の力のみで母と妹を守ることが出来るではないか。と。


そんな堂々巡りの逡巡を繰り返していたルルーシュの耳に、アナウンスの声が飛び込んできた。

その声に導かれるようにして窓の外へと視線を戻すと、過ぎ去った時の分だけ確かに大きくなった姿が目に映る。



それは、海に囲まれた緑の映える島国だった。




(「日本は大きな島が四つと、あといくつかの小さな島からできているんだ。」)




ぼんやりとした思考の中で、遠き日に語られた言葉が熱を持って蘇る。

耳の奥に響くそれは、郷愁と哀愁を綯い交ぜにしたような切なさと、絶大なる存在感で胸を締め付けた。



(そう、あの地には、スザクがいる。)





幼き日に出会い、別れ、そして二度と会うことの叶わなかった大切な幼馴染が―。

















「お待ちしておりました、皇子。」


武人然とした男が、まだ踏まれてもいないタラップの下で待っていた。

カツカツカツと、足音高らかにタラップを踏みしめる自分を、ブリタニア式の礼で出迎える。


「お迎えに上がるはずでしたお車が少々遅れておりまして、取り急ぎ自分が参りました。」


そうか。とだけ返す自分の後ろで、護衛の二人の男が小さく頷いた。


「では殿下。ひとまず施設の中へ。」


促されるままたんたんと歩を進めてゆく。

建物へ向かうまでの僅かの間きょろりと、それでいて周囲に悟らせない程度の所作で辺りに首を廻らせる。

そこには昔、ベットの中で夜毎に語られた「日本らしさ」といったものは一切認められなかった。


(まぁここはブリタニアの施設なのだから当たり前か。)


さほど落胆といった落胆も感じず、ただ機械的に足を動かしてゆく。


(これから車で中心部まで向かい、それからコーネリアとユフィ、いや、総督と副総督にお目通りか。)


久方ぶりに会う自分を見て、彼らは何と言うだろうか。

コーネリアは立場や節度を重んじる性質故、表面上は儀礼的な挨拶程度で済むだろう。

けれど一方、ユーフェミアは―。


(あいつ、自分が俺より上の立場にいることを気にしていそうだな。)


彼女は差別意識や上下意識がない代わり、些か立場といったものを軽んじる嫌いがある。


(それはそれで俺には関係のないことだが。)


だからといって、「総督補佐の出迎え」といったある意味公的な場で謝罪発言などされようものなら無関係ではいられない。

何もしなければ広がらずにすむ波紋を、ただ悪戯に官僚達に与えることになってしまう。

出自の関係上、彼女たちの方が強い皇位継承権を持っているのだから、この人事は正統なものである。

そんなことを彼女に言おうものなら、切ないような遣り切れないようなそんな顔で見つめられ、言葉に窮す事態に陥ることは目に見えている。

そして妹を溺愛しているコーネリアに、後でその責を問われるだろうという事も。


(さて、どうしたものか。コーネリアが事前にユーフェミアを言いくるめておいてくれるといいんだがな。)


事態がいつも好転する訳ではないことをよく知っていたルルーシュは、その可能性をとても下位にランク付けた。


ようするに、ユフィに無駄口を叩かせなければいいのだろう。と弾き出した結論は些か辛辣。

ゴールは決まった。後は、そこに至るルートを導き出すのみだ。



そう思考がまとまったところで、目的地へと辿り着く。

軍服を着た男が扉を開けて待っているのを一瞥したルルーシュは、無表情に固められた顔色を変えることもなくその扉をくぐろうとした、はずだった。



その時―。







ドゴオォォォォン!








突然背後で爆音が轟いた。









こうして、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア来訪の報は閃光と爆風と轟音の中告げられた。










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(彼が望もうと望むまいと。)(動き出したストーリー)

2007 05 02