転がるように走り出せ。













「「ルルーシュ!大丈夫でしたか!?」だったか!?」
 
カチャリとドアが開けられた瞬間、勢いよく二つの顔が飛び込んで来た。

「はい。お久しぶりです姉上、ユーフェミア。」

滑るように車外へ出ると、心配したんですよ。とユーフェミアが瞳を潤ませ、怪我がなくて何よりだ。とコーネリアが微笑んだ。


(相変わらずだな。)

見守るルルーシュの前で、コーネリアはあやすように妹の頭を撫ぜる。
いつもは公私に厳しい彼女はあるが、弟が窮地を脱した今ばかりは気が緩んでいるのだろう。
武人として名高い彼女も、弟妹には弱いと見える。

微笑ましいその光景に、彼女らと同じくルルーシュを出迎えた側近達も頬を緩めた。
何はともあれ皇子が無事で良かったと、和やかな雰囲気に包まれる一同の元にコツリと響く足音。



「あら、こちらの方は?」

ルルーシュの背後に控えたスザクに、ユーフェミアがきょとんと問いかける。
ブリタニアの軍服に身を包みはしているものの、どう見ても皇子の護衛としては年若過ぎる青年だ。
スザクを一瞥したコーネリアが、怪訝そうな顔を作った。


「貴様、何者だ。」


この地を統べる総督の射るような視線を受けたスザクは、慌てて片膝を折り皇族への礼を取る。



「自分は特別派遣嚮導技術部所属枢木スザク准尉であります。」

特派。と誰かが呟き周囲がざわめく。


「特派というと、あの・・・?」



場の声を題するように、コーネリアの背後に控える厳つい男が尋ねた。
コーネリアの側近らしい武人の口元が些かひくついているように見えるのは、ルルーシュの気のせいではないだろう。


「そういえば、シュナイゼルお兄様がルルーシュの迎えにやると。」
「はい。」

礼を崩さぬ姿勢のままスザクが答えた。

「彼がナイトメアを駆り助けてくれたんです、姉上。」
「そうか。礼を言うぞ。よく我が弟を救ってくれた。」
「いえ。自分は当然のことをしたまでです。」

途端緩められたコーネリアの視線に、ルルーシュが、スザクが、安堵の色を見せる。
その時それまで静かにやり取りを見守っていたユーフェミアが、じっとスザクを見つめて小首を傾げた。

「あの、もしかして昔、アリエスの離宮で・・・?」

言葉を受けたコーネリアは目を見張り、はっと弾かれたようにスザクを見る。

「枢木・・・・・・なるほど。それでお兄様は特派を・・・。」

苦笑を浮かべるスザクを余所に、ところで。と、ルルーシュは声を強めて呼びかけた。



「その兄上は、どちらに?」
 
 








「やぁ、ルルーシュ。今日は災難だったね。無事顔を見ることが出来て嬉しいよ。」

モニター越しににこやかな笑顔で微笑みかけるシュナイゼルにルルーシュは、ご心配おかけしました。と静かに言って向き合った。
ルルーシュたっての希望で室内にいることを許されたスザクは、扉付近に控えそんな彼らを見守っている。
事後処理に向かったコーネリアやユーフェミアにも、部屋の外にいることを命じられた護衛達にも、くれぐれも皇子をお守りするよう仰せ付かっている。

(言われなくとも、ルルーシュは僕が守る。)

会話を続けるルルーシュの後ろで、ぎゅっと拳を握り締め居住まいを正した。
そんなスザクをちらりと振り返ったルルーシュは、そんなことより。とそれまでの流れをばっさりと斬り去って一言。


「どうして黙っておいでだったんですか?」


まるで絵画の聖母のように、ふわりと彼は綺麗に笑った。

ルルーシュを知る者にとってこれは良くない傾向だ。


その笑顔の意味をどう取ったのか、何が。と問うこともせずシュナイゼルは答えた。

「お前のためを思ってのことだよ、ルルーシュ。」

仕方がなかったんだ。そう言う様に、ちょっと困った顔をして。

「あの頃のお前にとって、日本との関わりはあらぬ疑惑を呼ぶことに成りかねなかっただろう。
それが例え、友達との友情であってもね。」

予想通りの返答に、ルルーシュは小さく嘆息した。
 
(わかっていたさ。そんなこと。それでも)

それでも、ずっと探していたんだ。初めての、そしてたった一人の友だったから。
 
ふっと息を吐き出したルルーシュは、紫水晶の瞳を曇らせ瞼を落とす。
 
属国へと成り下がった日本。 後ろ盾の弱い皇子。 争い続ける血縁者。 偽りの和平の贄とされた子供。
 

日本がブリタニアに占領される約一年前、ルルーシュは一人の少年と出会った。
母に連れられてやって来たその少年は、大きな緑の瞳をキッと吊り上げ決して笑おうとはしなかった。
 


黙したままのルルーシュを、心配そうにスザクは見守る。
壁際に立つ自分の位置からは、彼の表情を窺い知るは出来なかった。

枢木君。と呼ばれ視線を向けると、気を悪くしないでくれたまえ。と画面越しに声がかかる。

「わかって、いますから。」

ゆっくりと、けれどもはっきり返した言葉に応じ、ルルーシュが振り返った。

(大丈夫?ルルーシュ。)
ぶつかった瞳の奥に不安の色を見て取ったルルーシュは、いつものように微かに口角を吊り上げてみせた。

(そうさ。わかっていたんだ。でも。)

ルルーシュ?とシュナイゼルが呼びかける。

「お話中すみませんでした、兄上。」

向き直った画面の向こうで微笑む兄に、少しばかりの皮肉をこめて。

「お心遣い痛み入ります。」
「いや、こちらこそ黙っていてすまなかったね。」

他の者達の目が気になってね。だとか、いつかは教えてあげるつもりだったんだよ。と並び立てるシュナイゼルの言葉を、ルルーシュは黙ったままで聞いていた。

(あれから何年経ったと思っているんだ・・・。)
遣り切れない思いに眉を顰めたルルーシュに、それに。とシュナイゼルは明るく語りかける。



「迎えにやったんだから、いいだろう?」




朗らかな声で告げられたその言葉ににこりと笑んだルルーシュは、通信スイッチへと手を伸ばす。





 
 
 
ルルーシュとスザクが再会して数日後、エリア11に新たな総督補佐就任のニュースが広がった。
彼の人の名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。第11皇子であり、第17皇位継承者。
全メディアを遮断して執行された就任式と同じく、まだ年若い皇子は一切世間に現れることなく静かにこの地に降り立った。
 








*********************************************************************

(足音二つ、高らかに)


2007 08 22