隠して覗いて微笑んだ。













ぼぅっと窓の外を眺めていたシャーリー・フェネットは、担任を追って向けた視線の先で釘付けになった。
濡れたような漆黒の髪、痩身の体躯、白磁の肌。そして何より、完璧に整ったその美貌。
 
「今日からこのクラスに加わることになった転校生だ。みんな仲良くしてやれよ。」
 
担任の声はクラスのざわめきに掻き消されよく聞こえない。
女子の甲高い声だけでなく、男子までもが興奮したように囁きあう。
 
(カッコいい!)(うわー、綺麗。)(おい、あれ本当に男かよ?)(ラッキー!)(きゃーっ!どうしよう!!)
 
各人高ぶる心情を口々にまくし立てるが、では自己紹介を。という提案に待ってましたとばかりに食いついた。
途端静まるクラスメイトの視線を浴びながら、転校生は形のいい唇をするりと動かした。
 
「ブリタニア本国から来ましたルルーシュ・ランペルージです。よろしくお願いします。」
 
声までかっこいい!と思わず叫ぶ女子の声に被さりながら、近頃どこかで耳にした響きに引っ掛かりを覚えた者達がぽつりと呟く。
 
「ルルーシュって・・・総督補佐の?」
 
先ほどのざわめきとは打って変わった空気が場を包んだ。
シンと静まり返る生徒達に、おいおい。と呆れたように声を上げた担任は、ほら。と隣に立つ転校生を見遣った。
 
「確かに俺はルルーシュですけど、そんな偉い立場の人間ではありません。同名の別人です。」
 
職員室でもそう言われたんですよね。と転校生は苦笑を零し軽く肩を竦めた。
 
「お前達、総督補佐がこんな所にいらっしゃるわけないだろう。」
 
揶揄るような担任に、でも先生だって最初はそう仰ったじゃないですか。とからかうようにルルーシュが切り返す。
その軽快なやり取りに緊張を解いた生徒達は、そうだよな。そうだよね。と顔を見合わせ笑い合う。
皇族がこんな学校に通うわけないじゃないか。ましてや、護衛もつけず一人で出歩くことすらないだろう。
 
「はーい、質問です!」

快活そうな少女の声が、クラス中に響き渡る。


「ルルーシュ君って、彼女とかいるんですか!」
その一声を皮切りに、疑問質問雨嵐。
矢面に立たされた転校生はというと、ホームルーム終了のチャイムが鳴り響くまで席に着くこともままならなかった。
 
 






 
「お帰りなさい、ルルーシュ。学校はどうでした?」


桃色の髪を揺らせた少女が、長いドレスの裾を摘みあげながら駆けて来た。
帰宅の挨拶を述べるルルーシュの前にすとんと立ち止まり、続く言葉を待っている。


「別にどうもしないさ。」
淡白に答えた彼にきょとんとした顔をして、楽しくないんですか?と瞳を曇らせる。


「ユフィ。まだ初日なのだから。」
微苦笑を浮かべたコーネリアが騎士を伴い後に続いた。


「ただいま戻りました。」
妹の隣に並びながら、うむ。と頷き返してルルーシュを見る。


「問題はなかったか?」


向けられた暖かな眼差しに苦笑しながらルルーシュは答える。
「はい。心配し過ぎなんですよ。姉上も、ユフィも。」


自分の帰宅時間に合わせて仕事を中断し、ここまでやって来たのだろう。
そんな彼女達の優しさがルルーシュにはくすぐったい。
たかだか学校に通うだけのことじゃないですか。何を心配することがあるんです?とわざと呆れた顔を作り軽く肩を竦ませた。


「姫様もユーフェミア様も、ルルーシュ様のことを大切に思っておられるのです。」


微かに眉を顰めたギルフォードの言を受け、そうです!とユーフェミアが手を握る。
「つい先日あんなことがあったばかりなのに、護衛もつけないで・・・。」
「そのことならもう話はついたはずだ。」
辟易したようなルルーシュに、三つの視線が注がれる。


「前代未聞のことだがな。」
溜息混じりの姫君の様子に、背後に控えた騎士の眉間に新たな皺が刻まれた。


「アッシュフォード学園のセキュリティに問題はありませんよ。」
だから選んだんでしょう。と込められた非難の色を涼やかに受け流したルルーシュは、踵を返し歩き始める。
「これ以上お仕事のお邪魔をしてしまっては流石に気が引けますので、また後ほど。」


控えていた護衛を引き連れカツカツと来た回廊を足早に去ってゆく。
そんな皇子の背中を見遣りながら、ギルフォードは思わず溜息を吐いた。
珍しい騎士の反応におやっと片眉を吊り上げた姫君は、どうした。と問いかける。


「いえ・・・ただ、あまりに素っ気無いように感じましたので。」
忠義に厚い彼女の騎士は、僅かな不満を含んだ声音でそう応じた。


「なんだ。そんなことか。」
さして気に留めた様子もなくさらりと言って、姉妹は顔を見合わせる。


「変わりませんね、ルルーシュは。」
くすくすくすと楽しそうに笑う妹姫に、は?と間の抜けた声を上げて騎士は首を傾げる。


「ギルフォード、ルルーシュの部屋の位置は知っているな?」
同じく楽しそうに笑んだ姫に促され頷く。
「確か、姫様とユーフェミア様のお部屋とは少し離れた・・・」


そこまで言ってギルフォードは、はたと疑問に行き当たる。
(あの位置で・・・・・・何故、この道を?)
目をしばたたかせた彼に対し、コーネリアは後押しにとヒントを出す。


「多分、私達に無事戻ったことを知らせるつもりだったんだろう。本人は絶対に認めようとはしないだろうけどな。」
ルルーシュの去っていった方角を振り返り、コーネリアは目を細める。
「では、先ほどのあの態度は・・・。」


意味が分からないといったのギルフォードの呟きに、白い手を打ち合わせた妹姫は晴れやかな笑顔でこう答えた。




「あれは、ルルーシュの照れ隠しですから!」















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(強がりで意地っ張りな優しさ)(受け入れ微笑む愛情)

2007 08 26