仄かな愛に包まれし子供よ






とある建物のとある一室で慎ましやかな晩餐会が開かれていた。
座するのは桃色の髪のお姫様とアメジストの瞳の皇子様、そして紫の花をその身に宿した皇女殿下。
粛々と運ばれる料理の数々を食べ終えて、残すところは最後のデザートと紅茶のみ。
朗らかに笑う妹姫にからかう様に皇子が微笑う。
もう!と軽く怒ってみせるユーフェミアに、ごめん。とルルーシュが笑いかけるのをコーネリアは慈しむように見守っていた。
 
この僅かな時間こそ、エリア11を20代という若さで統括する女主の至福の時間であった。
愛する妹に愛しい弟。                     
その二人に囲まれ心和むひと時に一日の疲れも癒されるというものだ。
 
柔らかく目を細めたコーネリアは運ばれてきた紅茶を静かに啜った。
同じくカップへと手を伸ばしたルルーシュは、そういえば。と軽い口調で話題を変える。
 
 
「俺、一人暮らししようと思うんですけど。」
 
「、は?」
 
 
疲れは癒されるどころか吹っ飛んだ。それも一瞬にして。
 
 
構いませんよね?とまるで買い物リストの確認でもするような気安さで爆弾を落とした皇子様はいつも通り優雅な仕種で紅茶を啜った。
ピタリ。と音がするほど見事に固まってみせたユーフェミアを興味深そうに眺めている。
 
「・・・まったく、何を、言い出すんだ。お前は。」
我に返ったコーネリアは搾り出すようにそう言って、投げ出すように椅子に身体を預けた。
 
「る、ルルーシュっ!」
弾かれたように動き出したユーフェミアはまだ上手く心情を表現できずにいるようだ。
見開かれた藍色の瞳が驚愕の色を映し出す。
 
「お前は自分の立場をわかっているのか。」
諌めるようなコーネリアの低い声が場を変える。
 
そんな重々しい空気の中でも、ルルーシュの声は川のせせらぎのような涼やかさを孕んで滑らかに通ってゆく。
 
「えぇ。わかっているからですよ、姉上。」
 
言って言葉を切ったルルーシュはコトリとカップを置いた。
 
「今のように護衛に囲まれ登校していたのでは、いずれ周囲の者に怪しまれます。

もし誰かに後をつけられ政庁に出入りしていることがばれようものなら、誤魔化しが効きません。」
 
ブリタニア政庁に出入りする男子校生なんて滅多にいないでしょうし。とその唯一である皇子はしれっと言ってのける。
 
「いや、しかし。だからといってお前を一人暮らしさせるというのは」
「ここから離れて暮らしていれば、金持ち息子の一人暮らしと見せかけることが出来るでしょう。

それなら、もし万が一のことがあっても姉上達にまでご迷惑が及ぶといった事態にはならないでしょうから。」
 
そこまで流れるように言った後、俺としても残念なのですが。と殊勝な顔をしたルルーシュは極めつけの一言で狼狽える姉妹を黙らせた。
 
 


「姉上やユーフェミアにまで危害が及んでしまうのは耐えられないのです。」
 
 


そっと目を伏せ告げるルルーシュの姿は、それはもう儚げであった。
 
 
 
 
 
「・・・・・・どうします?お姉様」
「どうもこうも・・・。認める訳にはいかないだろう。」
 
ではおやすみなさい。とルルーシュと別れ私室へと場を移した二人は、顔を突き合わせての姉妹会議の真っ最中だ。
 
「皇子だぞ?総督補佐だぞ?どうして一人でなぞ暮らせるものか。」
 
眉を顰めたコーネリアからは溜息が尽きない。
そうですよね。と受けるユーフェミアも困り顔だ。
 
「ルルーシュのことですから、お仕事に差し障りはないと思いますけど。」
 
微苦笑を浮かべるユーフェミアにコーネリアは小さく唸った。
ルルーシュのことだからその点はきっと抜かりは無い。そのことはわかっている。
けれど今回はそういった類の問題ではない。
ある種学校に通うよりも問題は大きかった。
 
「でもルルーシュったら昔から言い出したら聞かないですよね。」


ツンと澄ました顔のルルーシュがユーフェミアの頭の中を過ぎる。
まだ二人が幼い子供だった頃からあの表情は変わらない。
それでも彼は冷たいといった印象はなかったし、静かなようでいて実はくるくると表情が変わるものなのだということも彼女は知っていた。
思い出の中の彼をふわふわした気分で懐かしんでいたそのとき、ふっとユーフェミアの中で何かが引っかかった。
う〜ん。と視線を惑わせながら首を傾げると、それはおぼろげながらも線を結ぶ。
 
「あの、お姉様?」
「何だ。」
「こういうのは・・・どうでしょう?」
 
誰憚るわけでもないのにひそひそと。内緒話でもするかのように。
 
「あー・・・・・・ユフィ。それはいい案だと思うのだが・・・。」
途惑ったような表情を浮かべ指先で横髪を弄ぶ。
 
「これなら問題も大体はクリア出来ると思うのですけど・・・。」
 
だが。とか、しかし。とか、でも。とか曖昧な言葉を紡ぎながらコーネリアは頭を巡らせる。
 
累積する問題は山積みだ。
仕事、護衛、身分、建前、慣習。
だがしかしだからといって、そのどれを上げてルルーシュを説得しても総督命令で退けさせても、彼の本当の心の内は変えられない。
その確信がコーネリアの中には確かにあった。
 
しかし、いくらルルーシュが頑固といってもあれは本当に聡い子だ。とコーネリアは昔を思い出す。
親類達の嫌がらせや罵声の数々を浴びせられてもあれは凛とした表情を崩すことはなかったし、悪戯に権力に阿るということもなかった。
 
自ら与えられた立場といったものをよく理解した子供だった。
悲しいくらいに聡くて、賢い子供だった。
 
もし本当にコーネリアが総督として命を放てばルルーシュはそれに従うだろう。
わかりました。と微笑んで、すみませんでした。と頭を下げる。
あれはそういう子だ。
 
けれどそうして自らを押し殺してきたルルーシュだからこそ、彼女はここで出来る限りのことをしてやりたかった。
妹のために。母のために。ずっとそうして生きてきた子供が見せた甘えを、許してやりたかった。
 
 
「うむ・・・・・・わかった。ルルーシュが折れない以上、それしか手はないようだな。」
「でしょう?では早速明日にでも相談してみましょう!」
 
不承不承といったコーネリアの妥協にユーフェミアは喜んだ。
ルルーシュの願いを叶えてやりたい気持ちは二人一緒なのだ。
喜ぶといいですね。と手を組むユーフェミアの隣で、だが。と苦々しげに呟かれた言葉の続きは満足げに微笑む彼女の耳には届きはしなかった。
けれど、ふと細められた藍色の双眸に自分と同じものを見た気がしてコーネリアは目を伏せる。
 
「・・・・・・寂しく、なりますね。」
 
あぁ、やはり。
 
肩を抱きこつんと頭を合わせてやると、ルルーシュ。と悲しげな呟きが滑り落ちた。
















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(それは、独り善がりかもしれないけれど)

2007 09 10